荒野より

荒野を生き延びたくて、アヒルがじたばたするお話。

遺書に代えて #1

死のうかなと思ったときに遺書を書く癖がある。

癖というか、死なないための私なりの手段として。これもそういう話です。物騒なタイトルだけど、たぶん死ぬつもりはないです。

 

***

 

今、泥棒扱いをされている。

きっかけは自宅に置いてあったSuica(¥3,000チャージ済とのこと)が紛失したこと。

母によるとそのSuicaはもともと私が学生時代に使っていた、4年以上前のものだという。私名義のSuicaで、通学していた駅の表示があるものだという。

 

紛失に気が付いた日、母は真っ先に私を疑った。通勤定期を見せなさいと言い、当然私名義であるそれを見て「これはあたしのだ。なぜならあんたの名義だから」「今出せば許す。だから正直に話せ」と言った。

私は私の通勤定期だから、当然自分の名義でSuicaを作った。ただそれだけのことで、自分が盗っていないという証明ができなくなった。1月に作ったばかりの新しいSuica。それを見て「これは古いSuicaじゃないか。あたしのだ」「あのSuicaを持ち出してこれを作ったんだ」と言う母に、どんなに自分のものであると説明しても無駄だった。

 

「家に泥棒がいるとしか考えられない」「弟は違うのが分かる。自分名義のSuicaを持っているから」「父も違う。自分名義のものを持っているから」「だからあんたが盗ったんだ。あんた名義の通勤定期がその証拠だ」

 

なるほど。

その日、父は母と長々話し込んでいた。何を話していたのかなんて考えたくもない。どうせ母親の言い分を信じ、私の話を聞こうともしなかったのだから。

それから、私は自分が信用されない理由もわかっている。だからそれ以上の反論はできなかった。

 

翌朝、それでも怒っていた私は最寄り駅でSuicaの履歴を印字した。通勤途中のみどりの窓口で、もう二度とそんな言いがかりをつけられないようにと母親名義のSuicaを作った。職場でそれらを並べて、ハッとして泣いた。

無駄だ。こんなことをして、いったい何になるというのか。

 

自分のSuicaの履歴を印字したところで、紛失したそれが出てこなければ信用されない。そんなところに「母親名義のSuica」を「私が」持って現れたらどうなるのか、少し想像すれば分かることだった。

「あっそうだ、あんた名義じゃなくてあたし名義だったんだ」「やっぱりあんたが盗ったんだ」

以上。私が馬鹿だった。

 

履歴は私が自分を信じていいのだという証拠のために取ってある。母親名義のSuicaは会社の机の中に置いてある。今も。

 

***

 

今日、母親に「あんたお金ないの?」と聞かれた。

「学費いくら払ってるの?」「厳しいならそう言いなさい」「お父さん心配してたよ、あいつお金ないのかなって」

 

人生でお金が足りていたことなんか一度もない。

でもそんなことを話したところで何の解決にもならないので、「学費は〇〇円、転職した関係で今は厳しいけど、6月には収支バランスが戻る」とだけ答えた。

 

そこから、頭がぼんやりとして、母が自分の元同僚の話をしているのが、耳に入らなくなってきた。あの日父が母と話し込んでいた内容が分かったからだった。多分この話だ。やっぱり私、父にも泥棒扱いされていたみたいだ。

 うまく反応ができなくなった私に「反応が薄い」と怒り、ガチャガチャと食器の音を立てて、イライラを隠さずに自分の食器を洗い、私を無視して母は部屋を去った。

 

私は父が好きだった。仕事を尊敬していた。ヒステリックな母とは違って、少し話が通じると思っていた時期が長かった。話が通じるというのは幻想で、一番助けてほしかった時に手を払い除けられたし、よく振り返ってみれば話を聞いてくれたことも相談に乗ってくれたこともほとんどなかったのだが。

でも昔、寝る前に本を読んでくれたことは忘れない。忘れられない。ピアノの練習に付き合ってくれたことも、ローマ字を教えてくれてたことも。だから少し好きだった。

その父にも泥棒扱いされていたと知って、そしてそれを私ではなく母と話していたということを知って、駄目だ死にたいと思った。理解されたいとか、もう思っていないと思っていたけど、違ったみたい。なおも期待する自分、ばっかみたいじゃない?

 

***

 

お父さんへ

私の机の上に、Suicaの履歴印字が5枚あります。自分でチャージをした日にちと金額と駅に、オレンジのマーカーを引いてあります。3月20日頃に最寄り駅で¥3,000チャージしたと言っていましたが、その履歴はないのが分かると思います。

疑われる理由は理解しているし、実家に戻ってきたことを含め自分が悪いので何も言えないと思っています。でもSuicaもお金も盗っていない。

これでも信じてもらえないならもう良いです。